蒼穹の村

 

 これは、作品の上半分である。雲や丘の上に平たい屋根が続いていく。

 描き始める前に紙をクシャクシャに揉んでみた。そのクシャクシャの部分に、途切れ途切れに墨の線が入る。タテとヨコの線の繰り返しのせいだろうか、軍艦のようにも見える。側筆で撫でると紙の凹凸の線が岩肌のように印刻されて現れる。墨が溜まったところは崖のように見え、たっぷりと淡墨を含ませた柔らかな羊毛筆で、すこし伸ばした紙の皺の上を撫でると、草むらのような、影のような表情が生まれる。

 「あるようでないような、消えていくようで現れ出るくるような不思議な風景。」

 一方、絵の下半分はこんな感じだ。

 ポキポキした濃墨の線を繰り返して、樹木や林のように、あるいは建物のように描いて、その空間を青と茶の絵具で埋めた。
線と色が絡み合って密になって後先がわからない。

 近頃「青」という色についてよく考える。
 海の青、山の青、空の青。これほど変化のある色彩はないだろう。
 青は大自然を象徴する色?
 海の青は「藍」。それは流れるような青。
 山の青は「碧」。それは岩石から生まれたとどまる青。
 そして空の青は「蒼」。それは空気の青、消えていくような青。
 色は光の輝き。

 1989年の秋、インドのカシミールのシュリーナガルから、バスで険しい山道を越えて、チベットのラダックに行った。茶色い大地と対照的に「蒼穹」にすりガラスのように白い、真昼の月が残っていた。たぶんこの作品はその体験が基層になっているのだろう。