ジュラ紀

 

 

もうひとつの題名

 もうひとつの題名として浮かんだのが「Kのある風景」というものでした。「K」のような形を最初にかきはじめました。しかも朱色の線で。いつものことですが、最初から「k」という文字を書こうとは思ってもいなかったのに描いてしまったのは「k」という文字のかたち。しかも平安神宮の鳥居のいろの朱赤で。「どうしよう、これ?」という戸惑いからスタートしました。

 朱という色は古代から特別の色として存在してきました。その顔料は水銀朱のため、退色しにくく、死者を永遠に守る色として、死者を葬る棺おけや墓質に使用されてきました。 いっぽう「K」という文字は造形的にきわめて安定感を感じさせる文字といえます。真直ぐたつ強い線が45度に斜めに入る二つの線をしっかりと受け止めています。斜めに入る線は潜在的に三つの三角形を連想させます。三角形、つまりトラスは力学的にもっとも強いかたちであり、建築では基本構造を作っていきます。人が作ったもっとも強いもの、それは「k」から始まるもの、「King」でしょうか?  わたしはこのふたつの最強の要素を同時に選んで描き始めてしまいました。起筆でありながら、もう終筆にしたい心境です。この絵はこの朱色の「K」から何とか逃れたいと“パニック”を起こしながら描きあげた作品です。

 

なぜ「ジュラ紀」?

 つまりこの作品の本当のテーマは何を隠そう、”パニック”にほかなりません。朱赤のついた筆をバタバタと動かし、上から墨をかけては「朱赤さん、落ちついて!」と願いながらやっているうちに、子どものころ理科の参考書のなかで見たことのある「ジュラ紀」の恐竜たちが火山の爆発で逃げ惑い、絶滅していったという挿絵のことを思い出しました。そして描き進むうちにそれらの恐竜たちの気持ちと同化していったからです。きわめて主観的で空騒ぎから生まれた作品です。もしゴミ箱に捨てられていたらこうしてごらんいただけなかったことでしょう。”パニック”からも人は“インスピレーション”を得ることもできるようです。